あるものを数えるか、ないものを数えるか

私は人生に期待しすぎているのだと思う。

だから、現実と理想のギャップがあり、「いつもなんだか満ち足りていない感じ」がつきまとうのだろう。

理想ってなんだろう。理想を叶えられると、幸せなんだろうか。じゃあ幸せってなんだろう。

持っていないものにばかり目がいくけど、持っているものに目を向ければきっと幸せなんだろう。

傍から見ると私はきっと幸せに見えるんだろう。

ではなぜ私は胸を張って「幸せだ!」と言えないんだろう。

 

そもそも、理想や幸せの定義をしていない。向かうべき目標も決めていなかった。

仕事でやりがいを感じるときはたまにある。

そんな時はどんな時だったか、振り返れば、追われるように仕事をして、やり切った時だったりするし、結局しんどいしんどいしんどいしんどいしんどいが続いて、ふわっと沸いて達成感があるような気がする。

つまり、しんどいことを経験しないと、喜びも感じられないのだ。

休みだってそう。きっと毎日が休みだったら、ダラダラしてそんな自分に自己嫌悪になって、しんどい。

日々働いたから得られる連休だからこそ、喜びを感じられるのであって、やはり、しんどさを経験した上でしか、喜びを感じることは出来ないのだ。

大学時代の夏休みなんて2ヶ月くらいあったが、最後の方はやることが無くなって病んで、「そろそろ学校に行きたい」なんてことを言っていた気がする。

 

「人生には意味が無いから、意味を問い続けると病む」とネット記事に書いてあった。

友達は言った。

「人生のピークは学生時代。

その後にあるのは、ただゆるやかな絶望。」

まだ手に入れていないから、憧れや羨ましさがある、結婚や出産。

実際は制約や責任がつきまとい、大変なことが多いのだろう。

独身は「ずっと独りなのかな」という不安や虚しさと闘いながら、何をするのも自分で自由に決められる。

自分のために時間もお金も使える。生活に苦しさはない。

 

人生100年時代だか知らないが、5分の1で人生のピークが終わり、あとは三大義務との闘いがスタートする。

納税の義務」「勤労の義務」「教育の義務」

義務が多すぎはしないか?

そして義務を果たす期間が長すぎはしないか?

毎月給与から多くの税金が天引きされてしまうが、私のお金なのに……と寂しい気持ちになる。

 

では、幸せを感じるためには何をすればいいのだろうか。

芸術に触れる?先人の学びが凝縮された本を読む、映画を見る、音楽を聴く。きっと全て正解。

友達や家族との時間を大事にする?会う人が自分の好きな人で、会った時にストレス発散できたり、会った後にも「また会いたいな」と感じられたら、きっとそれは大事な人なんだろう。きっとこれも正解。

仕事を頑張る?週の大半は仕事の時間なので、仕事を一生懸命やって、それが誰かのためになってると実感できて、感謝までされたなら、きっと仕事さえ、正解にできるはず。これはなかなか難しい。

でもやっぱり幸せは解釈なのだろう。

幸せを感じられる人は、どこにいても、誰といても、例えお金が無くても、ないものにでは無く、あるものを数え、現状に感謝して前を向くことができる。

頭では分かってはいるんだけど、頭で考えていることを心に落とし込むことはなかなか難しい。人間は欲深い生き物で、私はその中でも特に欲深い人間。

時にはちょっと立ち止まって、心を落ち着けて、あるものを数える時間が大事なのかなあ。